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イグアスの滝は南米の世界遺産で世界三大瀑布の1つ


南米の世界遺産であるイグアスの滝は、
最近ではテレビ番組でも特集されることが多く、
日本でもイグアスの滝はすっかりお馴染みになったようです。
南米の誇る世界遺産で世界三大瀑布の1つでもある
壮大な自然のパノラマ「イグアスの滝」について紹介いたします。
世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された
「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、
人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものを指します。
世界遺産「イグアスの滝」は、
優れた価値をもつ地形や生物、景観をなどもつ地域としての
「自然遺産」の分類になります。
イグアスの滝は、パラグアイ、ブラジル、アルゼンチンの
三国の国境をまたぐ巨大な滝ということから、
同じ「イグアスの滝」でも世界遺産としての申請の時期が異なり、
アルゼンチン共和国は1984年、ブラジル連邦共和国が1986年の
世界遺産申請となっています。
ところで、「イグアス」というのは先住民グアラニー族の言葉で
「大いなる水」という意味を持っており、
最大落差80メートル以上のイグアスの滝の
地響きのような迫力ある音から「悪魔の喉笛」とも呼ばれています。
ちなみに、「イグアスの滝」は1つの滝ではなく、
イグアス川の大小300もある滝の総称であり、
最大落差80メートル以上、滝幅4kmで
ブラジル・アルゼンチンの国境をまたいでいて、
どちらかでもイグアスの滝を見ることができます。
アルゼンチン側の景観は、
大小無数の滝がかかっているのが大きな特徴で、
それを縫うようにして掛けられている遊歩道を歩きながら
イグアスの滝の景観を楽しむことができます。
遊歩道からは「悪魔の喉笛」を上から見下ろすような格好で眺められる
というのもポイントのひとつです。
一方でブラジル側の景観は、一つ一つの滝が大きいのが特徴で、
アルゼンチン側にある「悪魔の喉笛」と変わらないくらい
迫力のあるシーンを何度か楽しむことができるほか、
展望台から「悪魔の喉笛」を対岸から見ることが出来ます。
イグアスの滝は、北米の「ナイアガラの滝」、
アフリカの「ヴィクトリア滝」と並ぶ世界三大瀑布の1つです。
アメリカのルーズベルト大統領が夫妻でイグアスの滝を訪れた時、
イグアスの滝を見た夫人が「かわいそうな私のナイアガラよ」
と言った話は有名です。
地元の人々に語り継がれる「滝にかかる虹」の伝説では、
シャーマンが「世にも不思議なことを起こす」という
神のお告げを聞いた後、月の光が作り出す神秘的な虹が
イグアスの滝にかかったと言います。
イグアスの滝の水量が増すのは8月から12月です。
水量が多いほうが、滝の迫力が増しますし、
虹を多く見られるこのシーズンが
イグアスの滝観光のベストシーズンといってよいでしょう。
イグアスの滝最大の観光スポット 「悪魔の喉笛」には、
歩いても船でもヘリコプターでも観光することができます。
南米というと、日本からでは直行便がないため時間はかかりますが、
この偉大なる自然遺産のイグアスの滝の景観は、
是非一度肉眼で脳裏に焼き付けておきたいものです。

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世界遺産マチュピチュ遺跡は謎の多い空中都市


南米・ペルーの世界遺産「マチュピチュ(Machu Picchu)遺跡」は、
天空都市とも呼ばれる保存状態の素晴らしいインカの遺跡です。
世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された
「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、
人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものを指します。
南米・ペルーの「マチュピチュ」遺跡は、
文化と自然の両方を兼ね備えるものとして、
1983年に「複合遺産」として登録されました。
現在ペルー国内では10ヶ所あるユネスコの世界遺産のうち、
マチュピチュはクスコと同時(1983年)に最初に指定されています。
マチュピチュは、南米にある世界遺産では、
もっとも有名な遺跡であるといえます。
「マチュピチュ」とは、現地語で「老いた峰」を意味することばで、
謎の多い「空中都市」としても知られています。
「マチュピチュ」遺跡は、ペルーのウルバンバ谷に沿う、
標高2,280mの高い山の尾根の頂上に位置しており、
山裾からはマチュピチュの存在を全く確認できません。
そのため長い間、人知れずひっそりと眠っていた
マチュピチュ遺跡ですが、
1911年にアメリカ人歴史学者「ハイラム・ビンガム」が、
古いインカの道路を探検していた時に偶然発見されたとされています。
しかし、近年の発表では
それ以前にクスコの農場主により発見されていた
という説が有力のようです。
マチュピチュ遺跡は、インカの人々がスペイン人から逃れるため、
作戦を練るための秘密都市だったという説もありますが、
未だ解明はされていません。
マチュピチュ遺跡は、
スペイン人によって追い詰められた最後の砦である
との仮説が立てられていましたが、近年の研究の結果では、
インカ人が崇めていた太陽を観測するための建物群と推測されています。
マチュピチュ遺跡は、太陽を崇める神官たちが統治したとものか、
あるいは太陽の処女たちが生贄にされた
といった定説が形成されていますが、
インカの王族や貴族のための避暑地としての冬の都(離宮)や、
田舎の別荘といった種類のものであったとも推測されています。
マチュピチュ遺跡には3mずつ上がる段々畑が40段あり、
全部で3,000段の階段でつながっています。
また、石の建物の総数は約200戸が数えられます。
マチュピチュ遺跡は、未だに解明されていない事柄が多く、
謎の多い「空中都市」ですが、居住区や神殿、宮殿など、
16世紀半ばのインカの人々の高度な文明が栄えていた証であることに
違いはありません。
この謎の多い天空都市マチュピチュ遺跡を一度は訪れてみたいものです。

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