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世界遺産マチュピチュ遺跡は謎の多い空中都市


南米・ペルーの世界遺産「マチュピチュ(Machu Picchu)遺跡」は、
天空都市とも呼ばれる保存状態の素晴らしいインカの遺跡です。
世界遺産とは、1972年のユネスコ総会で採択された
「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」に基づき、
人類が共有し普遍的な価値、後世に残す意味を持つものを指します。
南米・ペルーの「マチュピチュ」遺跡は、
文化と自然の両方を兼ね備えるものとして、
1983年に「複合遺産」として登録されました。
現在ペルー国内では10ヶ所あるユネスコの世界遺産のうち、
マチュピチュはクスコと同時(1983年)に最初に指定されています。
マチュピチュは、南米にある世界遺産では、
もっとも有名な遺跡であるといえます。
「マチュピチュ」とは、現地語で「老いた峰」を意味することばで、
謎の多い「空中都市」としても知られています。
「マチュピチュ」遺跡は、ペルーのウルバンバ谷に沿う、
標高2,280mの高い山の尾根の頂上に位置しており、
山裾からはマチュピチュの存在を全く確認できません。
そのため長い間、人知れずひっそりと眠っていた
マチュピチュ遺跡ですが、
1911年にアメリカ人歴史学者「ハイラム・ビンガム」が、
古いインカの道路を探検していた時に偶然発見されたとされています。
しかし、近年の発表では
それ以前にクスコの農場主により発見されていた
という説が有力のようです。
マチュピチュ遺跡は、インカの人々がスペイン人から逃れるため、
作戦を練るための秘密都市だったという説もありますが、
未だ解明はされていません。
マチュピチュ遺跡は、
スペイン人によって追い詰められた最後の砦である
との仮説が立てられていましたが、近年の研究の結果では、
インカ人が崇めていた太陽を観測するための建物群と推測されています。
マチュピチュ遺跡は、太陽を崇める神官たちが統治したとものか、
あるいは太陽の処女たちが生贄にされた
といった定説が形成されていますが、
インカの王族や貴族のための避暑地としての冬の都(離宮)や、
田舎の別荘といった種類のものであったとも推測されています。
マチュピチュ遺跡には3mずつ上がる段々畑が40段あり、
全部で3,000段の階段でつながっています。
また、石の建物の総数は約200戸が数えられます。
マチュピチュ遺跡は、未だに解明されていない事柄が多く、
謎の多い「空中都市」ですが、居住区や神殿、宮殿など、
16世紀半ばのインカの人々の高度な文明が栄えていた証であることに
違いはありません。
この謎の多い天空都市マチュピチュ遺跡を一度は訪れてみたいものです。

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